談山神社の翁
内田 樹(仏文学者、武道家)
昨年の初夏、談山神社の摩多羅神面で観世のお家元が演じられる『翁』を拝見に多武峰までうかがった。前日のシンポジウムで、摩多羅神面と星辰信仰についてディープな学説を拝聴して、「なんだかよくわからないけど、すごいものが見られそうだ」という期待が高まって、談山神社までバスで移動して、関係者の宴席に連なった。
私の隣の席は渡辺守章先生ご夫妻であった。渡辺先生は大学1年生のときの教養のフランス語の担任であり、私は先生からC評価(「出来ないねえ、君は」という意味の評点である)を頂いたトラウマ的経験があるので、本来ならご尊顔を拝見するや走って逃げ出さなければならない立場なのだが、座敷で隣席ではそうもならず。ただ身をすくませてもっぱら奥様に献酬して旧悪を糊塗した。
翌日の能は、輝くような新緑に包まれたほの暗い堂内で演ぜられた。
『翁』はこれまでずいぶん数を見てきたが、この談山神社でのお家元の翁は、比叡山の根本中堂で蝋燭の灯りの中で見た梅若六郎先生の翁とともに、『翁』という芸能の原点に触れるという点では個人的には忘れがたい経験であった。
『翁』を見ると、能という芸能が発生的に呪鎮と祝福のための儀礼であるということがよくわかる。能は人間の住むこの世界と「彼岸」の「あわい」に見所の人々をいざない、私たちの暮らすこの世界がどのような土台の上にゆらゆらと不安定な仕方で載っているのかを開示してくれる。
世界の外部からは「人知をもってははかりがたいもの」が繰り返し訪れる。それは悪鬼や邪霊の恐るべき侵襲というかたちをとることもあり、天神地祇や霊的な贈与者の友好的な来訪というかたちをとることもある。境界線に立つもの(シテ)は、そのような「外部からの訪問者」を歓待し、受容し、「それ」にいっとき身を委ねて、わが身を通じて思いのたけを語らせ、ある種のカタルシスを成就したところで、お引き取り願うことを本務としている。だから、シテは異界からの訪問者に対してひろびろとした開放性を示すと同時に、「境界線を守る」という絶対的な職責を果たさねばならぬ。その相矛盾する要請が『翁』のシテを引き裂き、つねならぬ緊張感をもたらす。
談山神社の『翁』を見ながら、私はそんなことを感じていた。
能が終わったあと、堂外の青空と鮮やかな緑の世界に戻ったときには、ひどく放心していたので、いったいそれから多武峰からどういうふうにして家まで戻ってきたのか、記憶がいまだに曖昧である。